不動産的思考から学ぶリノベ最前線②

空き家や遊休不動産。問題と言ってしまえばそれで終わりですが、うまく活用するチャンスは眠っています。今回は、不動産コンサルタントを務める創造系不動産の高橋寿太郎氏に、築55年のビルの再生プロジェクトの過程を教えてもらいました。

築55年のビルを収益物件に再生
下町情緒溢れる東京都・墨田区千歳は、昔ながらの町工場のある場所です。都心へのアクセスがよく、人気エリアとして住民が増える一方、古いビルはどんどん取り壊され、画一的なマンションが立ち並ぶ街に変化しています。そのような状況のなか、当時築55年を超えていた「イマケンビル」は、リノベーションという手法を選択しました。

 

リノベーション後のイマケンビル 撮影:繁田論

リノベーション前

結果は、リノベーションを終えて2年経ち(2020年現在)、収益物件として順調に稼働しています。賃貸料は新築マンション並みの価格を維持しており、借り手の入れ替わりがありましたが、すぐに次の借り手が見つかる人気物件になっているそうです。

1階は街に開かれ、地域の人が憩う場所として、カフェやイベントスペースなどに活用されています。その話題が広まり、遠方からもわざわざ訪れる人がいるといいます。


 全体の統括とリノベーションを担当した建築家の山﨑裕史氏にプロジェクトを振り返ってもらいました。
「建築家だけでこのプロジェクトを進めていたら、今のようなプログラムを考えることは難しかったかもしれません。不動産活用だけを考えていれば、周辺のビルと同じように容積率いっぱいの6階建ての賃貸ビルを新築していたかもしれません。プロジェクト当初から創造系不動産に声をかけさせてもらい、建築家と不動産コンサルタントがそれぞれの知見からこのビルの可能性を模索することができたからこそ、現在の状態が実現したと思います」。

データに基づいた客観的な判断力
「イマケンビル」のプロジェクトは、当時40歳代だったオーナーが建築家の山﨑氏に不動産活用の相談を持ちかけたところからスタートしました。企画から提案する比較的大きなプロジェクトで、キャッシュフローも複雑になることが予測されたため、山﨑氏はすぐに創造系不動産の高橋氏に声をかけたそうです。

実はオーナーとの初回打ち合わせでは、周辺の不動産活用の手法と同じようにマンションを建て替えて収益物件にする計画だったそうです。しかし山﨑氏は現場調査で築55年のビルとはじめて対面したときに、リノベーションという選択肢が浮かんだそうです。

 次の打ち合わせまでに、山﨑氏は建築ボリュームの検討、高橋氏はキャッシュフローの検討を行いました。そして、2回目の打ち合わせのときに、①容積率を最大限使う6階建ての新築、②4階建ての新築、③既存3階建てのままでリノベーションをする、という3つの案をオーナーに提案しました。どの案も20年でイニシャルコストとランニングコスト、収益が一致することを示したそうです。オーナーはこの提案を見て、この地域に古きよき建物を残したいという思いもあってリノベーションを選びました。


山﨑氏は提案時を振り返ってこう述べます。
 「創造系不動産と協業したことで、提案のときに返済や税金などの細かな情報をリサーチし、データに基づいて提案書をつくり込むことができました。将来のキャッシュフローを含め、経営的な部分を客観的に判断できる人がいたことは心強かったです」。

建築家が設計に集中できる仕組み
 次に、不動産コンサルタント側の創造系不動産は金融機関への融資申請、建築家の山﨑氏は耐震調査を行い建築のイメージを固めていくなど、分業しながら同時進行で計画を進めました。
 金融機関の融資が実行され、実施設計など順調に進みました。用途として、①1階は角地という立地を生かし、街に開いて地域の人が気軽に使える場所、②2・3階は事務所と共同住宅として活用する方針が決まりました。

「今回、金融機関との交渉は半年かかりました。建築家だけでプロジェクトを進めていた場合、かなりの負担がかかっていたでしょう」(高橋氏)


収益物件として成功しているのは、建築の力でもあると話すのは山﨑氏。
「高い天井、大きな開口部、味のある躯体など既存の建築のよさを生かしながら、新築マンションにはない間取りを考えました。断熱や水廻りなどの設備は最新の仕様とし、床や造作に自然素材を用いて質感を出しています。初期の段階から予算が明確だったので、そこに合わせた設計提案をすることができました」。

2・3階は、既存の横長窓を生かすために、現場では床の高さを何度も調整しながら工事を行った。階高の大きさを生かした天井高が面積以上の広がりを感じさせる一方、水廻りは低く抑えて、メリハリを出している。床や建具枠、棚は、ロシアンバーチ合板という白樺を積層した素材を採用 撮影:繁田論


リノベーション前


住居部分のリノベーション後の平面図。耐震診断を行い、Is値(耐震指標)を現行の耐震基準と同等の0.6以上に引き上げた


2階は事務所にリノベーション  撮影:繁田論


道路に面したビル1階の南面に大きな開口を実現させ、内部にはランドリー等を備えた“まちの家事室”付きの喫茶店「喫茶ランドリー」がオープンした。企画・運営は、グランドレベルの田中元子氏と大西正紀氏によるもの。1階店舗設計はグランドレベル+ブルースタジオ+石井大吾氏が手がけた 写真:阿野太一

老若男女を受け入れる「喫茶ランドリー」の1階 づくりのデザインは、地域にとどまらず全国から も人々を引きつけている 撮影:グランドレベル


1階は、開口部を設けた南面とのバランスを取るために、東面に厚さ220㎜、北面に厚さ150㎜の耐力壁を入れた


 最後に、高橋氏に協業することで実現できるこれからの建築手法について聞きました。
「建築の躯体は人の寿命より長いものです。躯体だけが残された廃墟にならないように、地域で循環する経営計画を建築家と不動産コンサルタントが一緒になって考えることが大切です。建築家が築く建築自体の魅力と、不動産コンサルタントが築くお金の流れの2つが合わさることで、地域の人が使い、地域で経済がまわり、地域に愛される建築が生まれると思います」。


その1はコチラ

取材協力:創造系不動産

テキスト:編集部